岡山地方裁判所 昭和58年(行ウ)2号 判決 1985年6月19日
岡山県笠岡市三番町四番地の一一
原告
有限会社メルシーコーヒー店
右代表者取締役
浅野高良
右訴訟代理人弁護士
山崎博幸
同市五番町五番四八号
被告
笠岡税務署長
松本茂生
右指定代理人
菊池徹
同
青山彰彦
同
塩見洋佑
同
大谷庸介
同
入澤才治
同
田中悟
同
高地義勝
同
福重光明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告が昭和五六年一二月二六日付で原告に対してした、昭和五四年一〇月三〇日から昭和五五年九月三〇日までの事業年度以後の法人税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 原告は、昭和五四年一〇月三〇日に設立された喫茶店及びコーヒー豆等の卸売を業とする会社であり、同年一二月二〇日被告に対し、同年一〇月三〇日から昭和五五年九月三〇日までの事業年度から法人税の申告を青色申告書によって提出したい旨の青色申告の承認申請書を提出し、これに対して、被告が右申請に係る事業年度終了の日までに処分を行わなかったため、法人税法(以下「法」という。)一二五条により、右事業年度終了の日においてその承認があったものとみなされた。
2 被告は、昭和五六年一二月二六日付で請求の趣旨1記載の処分(以下「本件処分」という。)をした。
その処分理由は、昭和五四年一〇月三〇日から昭和五五年九月三〇日までの事業年度の法人税調査の際、被告所部係官が原告に対し、法一五三条の規定に基づき、右事業年度の備付け帳簿書類の提示を再三求めたにもかかわらず、原告が右提示要求に従わないことが、法一二七条一項一号に該当する、というものである。
原告は、これを不服として、昭和五七年二月一七日被告に対し異議申立をしたが同年五月一四日棄却され、さらに同年六月八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが昭和五八年三月三一日棄却された。
3 しかしながら、本件処分は次のとおり違法であるから、取消しを免れない。
(一) 原告に対する調査の際、被告所部係官は、調査の具体的な目的、理由につきそれが所得調査であるのか、又は青色申告に係る帳簿書類の備付け、保存の有無に関する調査であるのかを明らかにしなかったが、調査の具体的な目的、理由の如何によって調査の態様が異なり、これに応じて被調査者の対応も自ら異なってくるのであるから、調査の際にはその具体的な目的、理由を告知すべきであるのに、これを行うことなく、帳簿書類の不提示を理由としてされた本件処分は、調査権限を甚しく逸脱し、著しく正義に反する違法なものである。
(二) 法一二七条一項は青色申告承認の取消要件を定める規定であり、同項一号にはその具体的な該当事実が定められているところ、青色申告承認を受けた納税者には種々の特典が与えられており、青色申告承認の取消しは右特典を全面的に奪う処分であるから、その取消要件は限定的かつ厳格に解されなければならず、恣意的に拡大解釈することは許されない。
そして法一二七条一項一号は、「その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が前条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行なわれていないこと」と規定しているのであって、帳簿書類の提示義務は明定されておらず、かつ、右規定の文言から提示義務が要求されていると解することは不可能であるから、帳簿書類の不提示をもって、備付け義務違反等とは別個独立の青色申告承認の取消事由とすることは不当であり、帳簿書類の不提示は法一二七条一項一号所定の取消事由に該当しない。
(三) 仮に、帳簿書類の不提示が法一二七条一項一号所定の青色申告承認の取消事由に該当するとしても、以下に述べるように、原告の本件における具体的な対応をもって提示拒否とみなすことはできない。
本件において、被告所部係官が税務調査の際、調査の具体的理由を説明することなく、原告に帳簿書類の提示を求めたものであるところ、これに対して、原告代表者らは調査の具体的な目的と理由の説明を求め、疑問点の指摘があれば進んでで調査に応じようという対応をしたものであり、税務調査そのものを拒否したり、帳簿書類の提示を一切拒否したりしたわけではない(最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定においても、調査理由の具体的告知が法律上一律の要件でないとされているのにとどまり、むしろ告知の必要な場合のあることを示しているのであって、本件のような場合に、税務調査を受ける原告において、一体何が問題であるのか又はいかなる調査であるのか、について説明を求めるのは当然である。)。
また、本件において、税務調査の際、法人税の所得調査であるのか又は青色申告者に対する帳簿保存等の調査であるのかを原告に明示することは、前記最高裁決定の趣旨に照らし不可欠であるといわなければならず、仮に所得調査のための帳簿の提示が得られなかった場合、帳簿保存等の確認ができないのであれば、青色申告承認の取消しがあり得る旨告知し、この点についての調査にも応じない趣旨かどうかを確かめる義務があるというべきである。しかるに、本件では、こうした告知は行われていない。
右のとおり、本件税務調査は社会通念上相当な程度をはるかに超えた不当なものであり、これに対して、原告において直ちに調査に協力することができないとして帳簿書類の提示をしなかったとしても、これをもって青色申告承認の取消事由となる帳簿書類の提示拒否に当たるとみることは許されない。
二、請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実は認めるが、同3の主張は争う。
三、被告の主張
1 本件処分の経緯
(一) 被告は、原告の昭和五四年一〇月三〇日から昭和五五年九月三〇日までの事業年度に係る青色申告書による法人税確定申告書及びその付属書類を検討したところ、当該申告に係る欠損金額が三〇万〇、八四五円であること、及び売上総利益率(売上総利益金額が売上高に占める割合)が五五・九パーセントであること、並びに原告がいわゆる法人成り企業であり個人からの資産等の引継関係を確認する必要があること等から、原告の右法人税につき調査を行う必要があると認め、被告所部係官数田秀視ほか一名(以下「数田」又はほか一名を併せて「数田ら」という。)に右法人税調査を実施させることとした。
(二) 昭和五六年六月四日(午前九時三五分ごろ)、数田らは、原告の法人税調査を行うため、番町本店に臨場し、原告の取締役浅野純子(原告代表者の妻)に対し、各自、身分証明書を提示して「法人税調査におじゃましました。」と来意を告げたところ、純子は、「調査はどうするのか。」と応答した。
このため、数田は、「法人税の申告内容が正しいかどうかを、会社の帳簿、領収証書等から検討させていただくために、関係帳簿書類等を見せて欲しい。」と告げたところ、純子は、「主人が不在で都合が悪い。主人は井原店に行っており、午後三時ごろまではそちらにいる。今日、主人が帰ったら調査に来た旨を伝える。」と答えたため、数田らは、明日午後に再度来店する旨を原告代表者に伝言するよう依頼し、同店を辞去した。
(三) 同月五日(午後二時三〇分ごろ)、約束により数田らは同店に臨場し、応対した純子に対し「法人税の調査におじゃましました。社長さんはおられますか。」と来意を告げたところ、同人は、原告代表者は不在であるが原告代表者から確定申告書の具体的な誤りを指摘するよう要求があった旨応答し、名前を忘れたからもう一度見せて欲しい、と数田らに対し身分証明書の提示を要求したので、数田らが提示したところ、各自の身分証明書を確認した上でメモ用紙に数田らの氏名を記録した。
そこで、調査の内容について、数田は、「具体的にどこかおかしいとは今の段階では言えない。会社の決算書とそれについての帳簿等を比べてみないと具体的な説明はできない。」と告げたところ、純子は、「うちはきちっとしているから調査をしなくてもよいのではないか。」と答えたが、数田はさらに調査の必要性を説明し、協力を求めた。
これに対し、純子は、調査はできるだけ短期間で済ませて欲しいこと及び時間的には午後の方が都合が良いことを申し立て、「主人に言って帳簿を見てもらうようにする。」と約束をしたため、数田らは、六月九日午後一時に来店する旨を告げ、同店を辞去した。
(四) 同月九日(午後一時ごろ)、約束により数田らは番町本店へ臨場し、同店にいた原告代表者に来意を告げたところ、同人は数田らを同店内の一番奥のテーブルに案内したが、同テーブル上には予めテープレコーダーが用意されており、数田らが着席した後、原告代表者が録音を開始した。そこで、数田はこれをしまうように説得したが、原告代表者は応じなかった。
そして、原告代表者は、調査の具体的な必要性を説明するよう求めるとともに、帳簿は正しく記載しているから調査をしなくてもよいではないか、等と申し立てたが、数田が調査の具体的な内容は帳簿を調査しなければ説明できないから、そのためにも帳簿書類を提出するように説得したところ、同人は、「妻が経理をしているから自分では判らない。」と申し立てるとともに、調査に必要な帳簿書類の名称を教えて欲しい、と発言し、自ら帳簿書類の名称を書くためのメモ用紙を提示した。
このため、数田は、原告の帳簿組織がこの段階では判然としていなかったため、原告代表者に対し、「会社でつけている帳簿を見せてもらえばいい。また、つけていなかったら、無い物はないと言ってもらえばいい。」と告げたうえ、原告代表者が提示したメモ用紙に「総勘定元帳、売上帳、売上伝票、レジペーパー、仕入伝票、納品書、請求書、経費帳」と記載し、原告代表者へ右メモを手渡した。
その後、調査の方法等について数田と原告代表者との間で話し合われたが、結局、原告代表者が「妻と相談し、明日、午前九時ごろ、私の方から署の方へ電話する。」と申し立てたので、数田らはこれを了承した。
右了解ができた段階で、原告代表者はテープレコーダーを止め、再度、調査については明日九時ごろ電話する旨を申し出たため、数田らはこれを確認して番町本店を辞去した。
(五) 同月一〇日(午前九時三五分ごろ)、原告から連絡がないため、数田が番町本店へ電話したところ、応対した純子は、「社長は、いま井原店の方へ行っている。」と答えたが、数田が、昨日約束していること及び調査への協力方について説明したところ、純子は、井原店へ連絡し署の方へ何らかの連絡をするように伝える旨を申し出たので、数田は、できるだけ午前中に連絡して欲しい旨を告げて電話を切った。
(六) 一方、原告は、西備民主商工会会長佐藤定義と連名で、昭和五六年六月九日付文書(郵便官署の受付印は同日一八時から二四時となっている。以下「抗議文」という。)を被告宛てに郵送するとともに、右抗議文のコピーを数田らに郵送してきた。そして、数田らが受領した右コピー文書の欄外には、「署長宛て文書のコピーです。労働者としてがんばって下さい。」と記載したうえ、西備民主商工会の記名押印がされていた。
右抗議文の記載文面は、数田らが六月四日、五日及び九日の三回にわたって原告方を訪問したこと及び帳簿書類の提示を求めたことに抗議し、直ちに訪問を中止することを要求するとともに、<1>訪問、調査の法的根拠、<2>訪問、調査対象としたことの具体的根拠、<3>調査と原告の申告・納税との相違点、<4>被告は申告納税制度を厳守する立場にあるのかどうかについて、被告名による公式回答を求めたものであり、同時に、文書回答があるまでは数田らの原告方への立入りを、営業妨害に当たるから固く断るとするものであった。
(七) 同月一二日(午前一一時三〇分ごろ)、依然として原告からの連絡がないことから、数田が井原店へ電話したところ、応対した原告代表者は、「(午後)四時ごろだと本町店にいるから来てもらえばいい。」と答えた後、一方的に電話を切った。
このため、数田らは同日(午後三時四五分ごろ)、本町店に臨場し、応対した原告代表者に対し、「約束しておきながら、調査に応じないのはなぜか。」と質したところ、同人は、「(帳簿の)何が調査のために必要なのかを書いてもらったが、後で妻に見せたところあれでは全部見せることになる。」旨を述べ、右抗議文に対する文書回答を求めているからその回答がなければ調査には応じられないこと、及び調査の具体的必要性を開示しなければ原告としてはこれ以上応対はしないことを繰り返し発言するのみであった。そこで、数田は、帳簿調査に協力が得られなければ反面調査を行わなければならないことを告げ、さらに、調査の必要性及び帳簿調査の展開によっては、関連する証票等の調査の必要性が生ずることを説明し調査への協力を求めたところ、同人は、その必要性は分っているから、文書回答が先か調査に協力することが先かは純子と相談して連絡する旨答えたので、数田らは、同月一五日(午前九時ごろ)に連絡して欲しい旨を告げて同店を辞去した。
(八) 同月一五日、純子から数田へ電話があり、「主人は文書回答が先決であると話している。」旨を伝えてきた。このため、数田は、同人に対し、「進展がないから社長に会って話しがしたい。いつが都合がよいか。」と尋ねたところ、同人は、「午後四時ごろだったら本町店にいるから、いつ来てもらってもよい。」と答えた。
(九) 同月一八日(午後四時ごろ)、数田らが本町店へ赴き、店頭に乗ってきた自転車を停めかけたところ、それに気付いた原告代表者は、同店内から「わしから署長に会いにいくから、今日は帰ってくれ。」といきなりの応対状況であったため、数田が「会いに来ると言って、いつごろの予定なのか。」と質したところ、同人は、「ええから、わしが署長に会いに行くから。」と繰り返し発言したのみであった。数田は、顔を見るなり右のような発言をした原告代表者の応対状況から、このような状態では話しが全くできないものと判断し、帰署することとした。
(一〇) その後、一か月以上経過するも、原告から何の連絡もなかったことから、同年八月三一日(午後四時ごろ)、数田は、被告所部係官で法人税審理事務を担当する者と共に本町店へ赴き、文書回答をもらっていないから調査は断る、と繰り返す原告代表者に対し、「文書回答はしないが、必要であれば口頭で説明する。」旨を告げ、法人税法の関係条文に従って抗議文に対する回答を行った後、数田が回答の趣旨が解ったか否かについて質問したところ、原告代表者は回答の趣旨は解った、と答え、さらに、説明されたことを検討し、帳簿を提示するかどうかについては早期に連絡する旨を申し立てたので、数田は、早期に連絡して欲しいこと及び調査の際には、店内ではなくある程度帳簿がみられる場所を考えておいて欲しい旨を依頼し、同店を辞去した。
(一一) その後、更に二か月以上経過するも原告から帳簿調査に応ずる旨の連絡がなかったため、同年一一月四日(午後三時四五分ごろ)、数田は本町店へ臨場し、応対した原告代表者に対し帳簿書類の提示を求めたが、同人は税務署の言うように全部は見せられない、とこれまでの主張を繰り返すのみであったため、数田は、「いままでどおり考えが変らず、帳簿を見せないのであれば、反面調査を行うこともやむを得ない。」と告げたところ原告代表者は、「反面調査をしてもらってよいとは言えないが、税務署が反面調査をしようと思えば、止めるわけにもいかん。勝手にせい。うちにはうちのやり方があるので、あくまでもやり方は変らない。」と答えたため、数田はこれ以上調査に応ずるように説得しても帳簿書類の提示は見込めないものと判断し、同店を辞去した。
(一二) 以上のとおり、被告所部係官は、原告に対し再三にわたり法人税調査の必要性を説き帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告がこれに応じないためやむなく反面調査を実施したが、その結果、原告の帳簿書類の記載内容を具体的に確認する必要が生じた。
そこで、同年一一月二六日数田が本町店へ臨場したところ、応対した原告代表者は、「今日は何しに来たか。勝手に銀行や取引先を調査され、信用丸つぶれだ。」と発言したため、数田は、帳簿書類の提示がなかったため反面調査を行ったこと、及び反面調査の結果具体的に帳簿の記載状況を確認する必要が生じたことを説明し、さらに「社長の言うとおり、原点に帰って、売上関係の帳簿だけでも出して欲しい。」と告げた。
これに対し、原告代表者は、今さら原点に帰ってとは何事だ、どういうつもりでそう言うのか、等と反論したため、数田は、前から問題点をしぼってくれとのことだったので、売上関係に問題点をしぼったのだ、と答えたところ、原告代表者は、「いま言ったことを証拠としてとっておくから、言ったことと名前を書いてくれ。相談する所もある。」と言いながら、メモ用紙を提示した。数田は、「こんなことで証拠がどうこういうような堅苦しいことを言うことはないでしょう。私は署として社長に言っているのだから、社長自身が判断して決めればよいことであって、だれにも相談することもないし、そんなに重要なことでもないでしょう。」と告げるとともに、メモ用紙への記載を拒否したが、原告代表者は、「どうでもええから、この紙に書いてくれ。」とさらに求め、これを拒否する数田との間に、二、三度同じことを繰り返した。
その後、原告代表者が、「あんたのようなヒヨコでは話しにならん。命令しとる署長にここに来るように帰って言え。そうでなければ統括官でもいいから来るように言え。あんたとはもう話しはない。」と発言したため、数田がその発言は非常識ではないかと論したが、原告代表者が再び「あんたでは話しにならない。今日はこれまでだ。署長か統括官が来るのだったらまた今度にする。」と発言したので、数田にこれ以上の進展はみられないものと判断し、「社長がいつまでもこのような状態なら、不利益な処分を受けても仕方がないですよ。」と告げ、同店を辞去した。
(一三) そこで、被告はこれ以上原告方に臨場し説得しても帳簿書類の提示は得られないものと判断し、同年一二月二六日付で、本件処分を行ったものである。
2 本件処分の適法性について
(一) 法人税については、申告納税方式が採用され、納付すべき法人税の税額等は納税者の申告により確定するのを原則としている。これは民主的かつ能率的な税務行政運営のため、自己の所得を最もよく知る納税義務者の自主申告に第一義的な納付すべき税額等の確定の効果を認め、その申告がない場合又はその申告に係る税額等の計算が法律の規定に従っていない場合、その他当該税額等が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分により確定することとされていることによる。したがって、この申告納税制度が円滑・適正に機能するためには、納税義務者による申告が適正に行われる必要がある。そして、そのためには納税義務者が帳簿書類を備え付け、これに取引を記載し、これを基礎として正確な所得を計算し、申告することが必要である。そこで、帳簿書類を基礎とした自発的かつ正確な申告を奨励する意味で、法律の定めるところに従い、一定の帳簿書類を備え付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づき税額等を計算し申告しようとする納税義務者に限って、青色申告書を用いて申告することを認め、この青色申告の承認を受けた者(以下「青色申告法人」という。)に対しては、所得の計算につき特別の軽減を与え、又は更正手続の上でも特に有利な取扱いをすることにより、これを優遇しているのである(法五七条、八一条、一三〇条、一三一条。なお、租税特別借置法における特例措置の大部分は、青色申告法人に限られている。)。このように青色申告制度は、適正な申告納税制度を積極的に維持発展させようとするものであるが、青色申告法人は、税法上で種々の恩典を与えられている反面で、法一二六条一項において、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付けてこれに取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存することを義務付けられ、この義務に違反した場合は、法一二七条一項一号の規定により青色申告の承認を取り消されることとされている。
(二) すなわち、法は、青色申告法人について、次のことを定めている。
(1) 法一二六条二項は、税務署長は必要があると認めるときは、青色申告法人に対しその法人の帳簿書類について必要な指示を与えることができるとし、法一二七条一項二号は、青色申告法人が右の指示に従わないときは青色申告の承認を取り消すことができる、と規定している。
(2) 法一二七条一項一号は、青色申告法人の帳簿書類に不備がある場合に、また同項三号はその記載事項について不正がある場合には、税務署長は当該法人に対する青色申告の承認を取り消すことができる、と規定し、同条二項は、税務署長が青色申告承認取消しの処分をする場合には、青色申告法人に対し書面によりその旨を通知し、その書面には、取消処分の基因となった事実が同条一項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない、と規定している。
(3) 法一三〇条一項本文は、税務署長が青色申告法人の申告した法人税の課税標準等について更正する場合には、当該法人の帳簿書類を調査し、その調査により課税標準等の計算に誤りがあると認められる場合に限り、更正をすることができる、と規定し、また、法一三一条は、青色申告法人に対するいわゆる推計課税を禁止している。
(4) 法一三〇条二項は、青色申告法人に対する更正の通知書には更正の理由を付記すべきことを規定している。
(5) 法一五三条は、税務署長等は法人税に関する調査について必要があるときは、青色申告法人を含む法人に質問し、又はその帳簿書類等を検査することができる、と規定している。
(三) 右の各規定及び前記青色申告制度の趣旨に照らして考えると、法は、「帳簿書類の備付け、記録又は保存が一二六条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと」を青色申告承認申請の却下事由とするとともに、青色申告承認の取消事由ともしているが(法一二三条一号、一二七条一項一号)、これは、当該法人の帳簿書類について税務署長等が法一五三条の規定に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備え付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ青色申告承認による特典を与えるとの趣旨に出たものであり、青色申告法人が右帳簿書類の調査にいわれなく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できないときは、法一二七条一項一号に定める青色申告承認取消事由に該当するものと解される。
以上のとおり、青色申告制度は、申告の基礎となった法人の帳簿書類の正しさに対する税務官庁側の信頼が存在することを前提として成り立つものであるから、青色申告法人の調査拒否により当該帳簿書類を閲読することすらできず、そのためにその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができない場合にまで、税務署長において青色申告承認による特典の享受を認めなければならないとすることは、制度の趣旨に反するものである。
したがって、右制度の趣旨に応えるためには、法一二七条一項一号に規定する「帳簿書類の備付け、記録又は保存」とは、誠実に記録された帳簿書類を税務署長等が必要に応じていつでも提示を受けて閲読し得る状態にしておくことを意味すると解すべきであり、単に、帳簿書類が物理的に存在することを意味するのではなく、それを税務署長等に提示することを当然の前提としているとみるべきであるから、帳簿書類を提示しないということは、法律的な評価において、その備付け等が正しく行われていないとするものである。
換言すれば、税務当局が帳簿書類の備付け、記録、保存が法令に従って行われているか否かを調査し判断するためには、当該帳簿書類の提示を受けてこれを閲読することが必要不可欠であるから、法一二六条一項の帳簿書類の備付け、保存の義務には、税務職員の法一五三条の質問検査に応じて帳簿書類を提示する義務をも当然に包含しているものと解すべきなのである。
(四) ところで、本件の場合、原告は、被告所部係官が法人税調査のために五か月余の間、前後八回にわたって原告方に臨場し又は数回にわたる電話連絡により、再三、帳簿調査の必要性を説明し帳簿書類の提示を要請したにもかかわらず、あえてこれを提示しなかったのである(なお、不提示理由の正当性についての立証責任は原告にある。)から、右帳簿書類の不提示が法一二七条一項一号に該当するものとして行った本件処分にはいささかの違反もないというべきである。
3 調査手続について
原告は、被告所部係官が帳簿書類の提示要求に際し、それが所得調査なのか、青色申告に係る帳簿書類の備付け等の確認に関する調査なのかを明らかにしないまま、帳簿書類の提示拒否を理由として、本件処分を行ったことは違法である、と主張する。
ところで、法一五三条に規定する質問検査権の行使に当たっての要件は、「法人税に関する調査について必要があるときは」とされているのみで、個別具体的には規定されていない。しかし、法人税の終局的な賦課徴収に至る過程においては、更正・決定の場合のみではなく、申請、申告等に対する許否の処分のほか、税務署長等による一定の処分のされるべきことが法令上規定され(例えば、法四二条四項、七五条、八一条、一二三条、一二四条、一二六条、一二七条)、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然許容するところというべきである。
さらに、右質問検査権行使の範囲、程度、時期、場所等実体法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、右必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な範囲にとどまる限り、これを権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解され、この場合、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知などは質問検査権を行使する上での法律上一律の要件とされているものではない。殊に所得調査の場合にあって、原告のような現金取引を主体とする事業内容から判断すると、所得金額の計算の基礎となる売上高、経費等の項目の特定、その数額等を個別具体的に調査理由として告知する必要がないこと(右特定は事実上不可能である。)は明らかというほかない。
次に、質問検査権の行使は、その目的、内容に応じて必ず別個独立の機会に行わなければならないわけではなく、右はその調査の必要性と事実認定又は判断の基礎となる事実の態様に応じて、権限ある税務職員が個々に行使するか、同時に行使するかを選択する問題であって、原告が所得調査なのか、青色申告に係る帳簿書類の保存等の検査なのかを区別して本件処分の違法性を主張すること自体、独自の見解に基づくものであって失当といわざる得ない。
四、被告の主張に対する認否
1 被告の主張1(本件処分の経緯)について
(一) (一)の事実は知らない。
(二) (二)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が番町本店に臨場し、応対した純子に対し「会社の帳簿、領収証書等を検討するため、関係帳簿書類を見せてほしい。」旨告げたこと及びその後のやりとりと経過は認めるが、被告所部係官が各自身分証明書を提示したこと、及び純子からのいかなる調査であるのか、との問いに対し、法人税の申告内容が正しいかどうかを調査するためである旨答えたことは否認する。
(三) (三)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が番町本店に臨場し、応対した純子に対し、原告代表者の所在を尋ね、法人税の調査に来た旨来意を告げたところ、純子が、原告代表者は不在である、と答えたこと、純子の要求によって被告所部係官が身分証明書を提示したこと、純子から調査内容について確定申告の具体的な誤りを指摘するよう求められたのに対し、被告所部係官が「帳簿書類等を調べてみなければ具体的な理由の説明はできない。」旨告げたこと、純子が調査をできるだけ短期間で済ませてほしい旨申し立てたこと、及び被告所部係官が、六月九日(午後一時)に再度来店する旨告げて同店を辞去したことは認めるが、純子が身分証明書の提示を求めた際に「名前を忘れたからもう一度見せてほしい。」と述べたこと、帳簿書類提示要求に対し、純子が「うちはきちっとしているから調査をしなくてもよいではないか。」と答えたこと、及び「主人に言って帳簿を見てもらうようにする。」と約束したことは否認する。
被告所部係官の身分証明書の提示は、純子の要求によって今回初めて行われたものである。帳簿書類提示要求に対して、純子は「うちはきちっとしている。決算書を出しているのだからどこがおかしいか言って下さい。おかしい所や誤った所があればいつでも見せます。しかし全部見せ、調べてみなければわからないというのでは困ります。調査には応じるが、重点的に手早くすませてほしい。」旨要望したのであり、そのうえで「主人に相談して、おかしい所があれば帳簿を見てもらうようにする。」旨述べたのである。
(四)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が番町本店に臨場して同店内で原告代表者と面談し、その際、原告代表者が会話をテープレコーダーで録音していたこと、原告代表者が調査の具体的な必要性を説明するよう求めたのに対し、被告所部係官が調査の具体的な内容は帳簿を調査しなければ説明できない旨答え、原告代表者の提示したメモ用紙に帳簿書類の名称を列記して手渡し、その提示を求めたこと、結局、原告代表者が「妻と相談して明日、私の方から署の方へ電話する。」旨申し立てたので、被告所部係官もこれを了承し、同店を辞去したことは認めるが、原告代表者が「帳簿は正しく記帳しているから調査しなくてもよいではないか。」等と申し立てたこと、及び「妻が経理をしているから自分では判らない。調査に必要な帳簿書類の名称を教えてほしい。」旨発言したことは否認する。
原告代表者は「調査は、決算、申告書のどこがおかしいか、おかしい所を重点的に調べて早くすませてほしい。」と要望し、「申告がおかしい所があればメモして下さい。」と言ったのである。また、被告所部係官からメモを手渡されたのに対して、原告代表者は「おかしいじゃないですか。これは一般的な帳簿の種類の羅列じゃないですか。うちの帳面の何がみたいのか何もはっきりしないじゃないですか。」と抗議した。
(五) (五)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官から番町本店に電話があったことは認めるが、その余は否認する。
純子への電話の内容は、西備民商から抗議文が届いたことについて「奥さん、あんな書類出しても何の役にもなりやせん。」というものであった。
(六) (六)の事実は認める。
(七) (七)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が本町店に臨場し、原告代表者がこれに応対したこと、原告代表者が「抗議文に対する文書回答を求めているから、その回答がなければ調査には応じない。右文書回答がされ、調査の具体的必要性の開示がされれば協力する。」旨述べたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被告所部係官からの電話に応対したのは原告代表者ではなく従業員であり、原告代表者が不在である旨返事をしたにすぎない。被告所部係官からの「調査に応じないのは何故か。」との質問に対し、原告代表者は「帳簿のどこがおかしいか、おかしい箇所をメモしてほしい、と言ったのに、あれでは全部の帳簿を見せろ、と言うのと同じではないか。」と述べたものである。また、被告所部係官から反面調査についての話はなく、原告代表者が、調査の必要性は分っている旨答えた事実もない。原告代表者は、被告からの文書回答を待って態度を決めたい旨答えたものである。
(八) (八)の事実は認める。
(九) (九)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が本町店に赴き、店頭に乗ってきた自転車を停めかけたこと、及びこれに気付いた原告代表者との間でやりとりのあったことは認めるが、やりとりの内容については否認する。
原告代表者は、店の前は駐車余地がない状態だったので、被告所部係官に対し「そんな所に自転車を置いてもらっては困る。今日はお客さんも多く忙しいので日を替えてほしい。」と言ったが、それでも自転車を置いて店に入ろうとしたので、「署長の回答を持ってきたか。」と尋ねたところ、「ない。」と答えた。そこで、原告代表者が「わしから署長に会いに行く。」旨述べて、被告所部係官を帰らせたものである。
(一〇) (一〇)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が本町店に臨場し、原告代表者に対し、抗議文に対する回答を、法人税法の関係条文に従って口頭で説明したことは認めるが、その余は否認する。
原告代表者は、説明のあった法人税法の条文をメモしたうえ、「あなたの説明はよくわからない。民商とも相談のうえ返答する。」旨述べたものである。これに対して、被告所部係官は「統括官に返事をしてくれ。」と述べたのみで、同店を辞去した。
(一一) (一一)の事実のうち、被告主張のころ、被告所部係官が本町店に臨場し、応対した原告代表者に対し、帳簿書類の提示を求めるとともに、応じないのであれば反面調査を行う旨告げたことは認めるが、その余は否認する。
原告代表者は、「何の調査ですか。はっきりしない調査は断わります。信用問題にもなる。」として反面調査を拒んだが、被告所部係官は「とにかく署の方針でやります。」と述べて、辞去したものである。
(一二) (一二)の事実については、被告主張の日とは異なるが、一一月一七日に被告所部係官が本町店に臨場し、応対した原告代表者に対し、「原点に戻って協力してほしい。売上関係の帳簿を見せてほしい。」旨告げたこと、原告代表者がメモ用紙を提示して右発言の内容をメモするよう求め、被告所部係官がこれを拒んだことは認めるが、その余は否認する。
帳簿書類の提示要求に対して、原告代表者は「よろしい。売上げに疑問をお持ちなら見せましょう。見せるから、『売上げを見せてほしい』という趣旨をメモにして渡して下さい。あなたは今まではっきりしなかったのだから。」と言ったが、被告所部係官がメモしようとしないので、「メモにすることもできないような無責任なことでは困ります。そんなことでは責任ある統括官か署長に来てもらうしかない。」と言ったところ、辞去したものである。
(一三) (一三) 事実のうち、本件処分が行われたことは認める。
2 同2、3の主張は争う。
第三、証拠
本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一、請求原因1、2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二、原告は、本件における税務調査の際、被告所部係官が、調査の具体的な目的と理由を明示しなかったのは、調査権限を著しく逸脱したものであり、本件処分の違法をきたす、と主張するので、以下検討する。
まず、本件における税務調査の状況についてみるに、次の事実は当事者間に争いがない。
1 被告所部係官が、原告に対する法人税調査のため、昭和五六年六月から同年一一月までの間、八回にわたって原告の経営する喫茶店(番町本店、本町店)に臨場し、最初の二回は純子(原告の取締役、原告代表者の妻)と、その後の六回は原告代表者と面談した。
2 被告所部係官は、昭和五六年六月五日に調査のため番町店に臨場した際、応対に出た純子に対し、「法人税の調査のために来た。」旨来意を告げて、関係帳簿書類の提示を求めたのを皮切りに、以後帳簿書類を提示するよう要求し続けた。この間、被告所部係官は、原告代表者から文書での回答要求のあった調査の法的根拠、必要性等の点について、口頭で説明を行って調査への協力を求め、又は提示を求める帳簿書類の名称をメモして原告代表者に手交したりした。
また、原告代表者らから調査の具体的な理由を開示するよう求められたのに対し、被告所部係官は関係帳簿書類の調査をしなければ説明できない旨答えたにとどまった。なお、調査の理由として、青色申告者が備付け、保存等を義務づけられているところの「帳簿書類の備付け、保存の有無に関する調査である。」とは告げていない。
3 これに対し、原告代表者らは、調査の個別的、具体的な理由を開示するよう求め、これが明示されない限り帳簿書類の全面提示には応じられないとして、被告所部係官の帳簿書類の提示要求を拒絶し、結局、これを提示しなかった。
ところで、法人税の終局的な賦課徴収に至る過程においては、更正、決定の場合のみでなく、申請、申告等に対する許否の処分のほか、税務署その他の税務署による一定の処分のされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然許容するところと解すべきものである。そして、法一五三条は、法人税につき調査の権限を有する収税官吏において、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、質問検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、これを権限ある収税官吏の合理的な選択に委ねたものと解するのが相当であり、この場合、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知等は、質問検査を行う上での法律上一律の要件とされているものではなく、本件においてもこれと別異に解すべき事情はない。
したがって、本件において調査理由の具体的告知がなかったからといって、税務調査自体が違法ないし不当なものとはいえないのは当然であり、また、所得調査か青色申告に係る帳簿書類の備付け、保存等の調査かを区別し明示すべきである、とする原告の主張は、右各調査の態様が異なるものであることを前提とした独自の見解に基づくものであって到底採用できず、結局、本件における税務調査がその調査権限を逸脱した違法不当なものとは認められない。
しかして、本件において、前記のとおり、被告所部係官が原告に係る法人税調査のため再三帳簿書類の提示を要求したにもかかわらず、原告代表者らにおいて調査理由の具体的な告知がない限り提示要求に応じられないとしてこれを拒否したものであり、原告の右提示拒否は正当なものとはいえない。
三、次に、原告が被告所部係官からの帳簿書類の提示要求に応じなかったことが、法一二七条一項一号に規定する青色申告承認の取消事由に該当するか否かを検討する。
法人税については、申告納税方式が採用され、納付すべき法人税の税額等は納税義務者の申告により確定するのを原則としており、この申告納税制度が適正に機能するためには、納税義務者において、帳簿書類を備え付け、これに取引を記録し、これを基礎として正確な所得を計算し申告することが必要である。そこで、帳簿書類を基礎とした自発的かつ正確な申告を奨励する意味で、法の定めるところに従い一定の帳簿書類を備え付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づいて申告しようとする納税義務者に限って、青色の申告を用いて申告することを認め、この青色申告の承認を受けた法人に対しては、所得の計算につき特別の軽減を認め、又は更正手続の上でも特に有利な取扱いをして、これを優遇している。このように青色申告法人は、税法上種々の特典を与えられている反面で、法一二六条一項において、大蔵省令で定めるところにより帳簿書類を備え付けてこれに取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存することを義務づけられ、この義務に違反した場合には法一二七条一項一号の規定により青色承認を取り消されることとされている。
そして、法は、青色申告法人及びこれに係る帳簿書類について、次のような規定を置いている。
1 法一二六条二項は、税務署長は必要があると認めるときは青色申告法人に対しその法人の帳簿書類について必要な指示を与えることができるし、法一二七条一項二号は、青色申告法人が右の指示に従わないときは青色申告の承認を取り消すことができるとしている。
2 法一二七条一項は、青色申告法人の帳簿書類に不備不正のあるときは、税務署長は当該法人に対する青色申告の承認を取り消すことができるとし、同条二項は、税務署長が青色申告承認の取消処分をする場合には、書面によりその旨を通知し、その書面には、取消処分の基因となった事実が同条一項各号のいずれに該当するかを付記しなければならないとしている。
3 法一三〇条一項本文は、税務署長が青色申告法人の申告した課税標準等について更正する場合には、当該法人の帳簿書類を調査し、その調査により課税標準等の計算に誤りがあると認められる場合に限り、更正をすることができるとし、同条二項は右更正の通知書には更正の理由を付記すべきこととしている。
4 法一三一条は、青色申告法人に対するいわゆる推計課税を禁止している。
右の各規定及び前記青色申告制度の趣旨に即して考えると、法は、「帳簿書類の備付け、記録又は保存が一二六条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと」を青色申告承認申請の却下事由とするとともに、青色申告承認の取消事由ともしているが、これは、当該法人の帳簿書類について税務署長等が法一五三条に基づく質問検査を行い得ることを前提として、その調査によって帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令の定めるところに従い正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告承認の特典を付与するとの趣旨であり、青色申告法人が右帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、その備付け、記録又は保存について確認することができないときは、法一二七条一項一号に定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解するのが相当である。けだし、青色申告制度は、申告の基礎となる法人の帳簿書類の正確さに対する信頼を前提として成り立つものであるから、当該法人の調査拒否により帳簿書類の提示が受けられず、その閲覧ができないため、その正確性の確認自体ができないような場合にまで青色申告承認による特典の享受を認めなければならないとすることは制度の趣旨に反するものであるし、前記のとおり、青色申告法人については帳簿書類の調査に基づく場合に限って更正することができ、しかも推計課税が禁止されているところから、右のように解さないと、青色申告法人に対しては、当該法人が帳簿書類の提示拒否を続ける限り更正することができないこととなり、著しい不都合を生ずることになるからである。
また、税務署長が、青色申告法人の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われているかどうかを調査し判断するためには、当該帳簿書類の存否を確認し、これを閲覧してその内容を調査することが不可欠であるから、法一二七条一項一号の帳簿書類の備付け、保存等の義務は、税務職員による法一五三条に基づく質問検査に応じて帳簿書類を提示する義務をその前提として当然に包含しているものと解すべきであり、また、法一二七条一項一号にいう帳簿書類の備付け、保存という文言を、税務職員からの提示要求があった場合にはいつでもその要求に応じ得るような状態で備え付け、保存しておくことを意味するものと解することができるのであるから、前記解釈は、帳簿書類の不提示をもって、法一二七条一項一号に定める備付け、保存等の義務違反とに別個独立の取消事由とするものではない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
しかして、本件において、原告が帳簿書類の提示を拒否したことが正当なものでないことは前記二で説示したとおりであるから、原告の右提示拒否行為は法一二七条一項一号に該当することを免れないものといわなければならない。
四、以上のとおりであるから、本件処分には原告主張の違法はなく、他にこれを違法とすべき事由も見当たらないから、原告の本訴請求は理由がなく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 安藤宗之 裁判官 豊澤佳弘)